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営業時間: 10:00~23:00
※23:00以降は要相談

津で音楽スタジオをお探しなら
ピアノ・キーボード常備の広いスペースのご活用を!

1. 文化の季節、音楽が輝くとき

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    飲食自由の場で室内楽や合唱の練習や本番に

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    30脚の椅子が編成の大きな活動も可能に

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    経験豊富なスタッフのサポートも可能

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    仲間や知人・友人、家族を招待して演奏

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    数名分の料金で大人数までご利用可能

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    長時間利用の場合は使用料のご相談を承ります

練習だけでなく、応援してくれる方々と共に楽しむ文化活動の開催はいかがですか?伊東ミュージックスタジオは、そのようなご利用を大歓迎します!

音楽は人々の心をつなげ、文化を豊かに彩る大切な存在です。特に文化の季節には、その存在が一層際立ちます。

伊東ミュージックスタジオでは、そんな季節に一層のご利用をいただくことを考えました。   ここでは、伊東功と伊東朔の紹介もしています。伊東功を知る世代の方々がお歌いくださったり、伊東朔の演奏を耳にされたことがある方々が演奏してくださったりしたら、地域の音楽文化の活性化の一助になるな、というのが「文化の季節」という発想の原点にあることをお伝えしたかったのです。

先日、あるところで私の母校でもある新町小学校の校歌に伊東功が伴奏付けした楽譜を見せていただきました。以前に同じ建物でピアノ教室をやっていたときに神戸小学校の校歌の楽譜を持って来た子がいました。楽譜のどこにも名前はありませんでしたが、いかにも伴奏が伊東功風のような気がしました。伊東功は神戸小学校の校長もしていたので、そういうことがあっても不思議はないなと思います。校長時代は直接に子どもたちの歌唱指導もしていたそうです。

こういう逸話はたくさんありますので、早く1階の整備をして、そんなことが雑談できる音楽サロンも開店したいと思います。いつもブラインドとカーテンが閉まっている訳の分からない建物、と思われていると思いますので、思い切って、ここでは父と息子も登場させました。

あらためまして、お気軽にお電話やメールでのスタジオ予約やお問い合わせをお願いいたします。せっかく広いスタジオスペースを作りましたので、「文化の季節」に、多くの方々のご利用をお待ちしております。

2. 格安料金で利用可能

2. ミニコンサートや交流会の開催

文化の季節にあなたの音楽活動を応援!

  • Point 01

    広いスペースと手ごろな料金

    伊東ミュージックスタジオでは、一定の人数を超えるご利用の際は、追加料金をいただかずにご活用いただくことにしています。20人ほどの方々に聴いていただいても、複数のグループが交歓会でご利用いただいても、1時間のご利用料金は6名分になります。

  • Point 02

    長時間のご利用は早めのご予約を

    演奏会形式も交歓演奏でのご利用も、準備や演奏、後片付けに時間を必要とします。スタジオのご予約は先着順となりますので、ご利用の日時が確定したときは、お早目にご予約いただくことをお勧めいたします。

  • Point 03

    場の設定はご自由に

    音楽のジャンルや編成によっては、どこに演奏者がいて、どこで聴くかが異なります。ピアノ以外の備品の移動は、ご自由にどうぞ。マイクやスピーカー等の配置などでご要望のあるときはスタッフがサポートいたします。

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4. アクセス良好で便利

3. アクセスとスタジオ環境

伊東ミュージックスタジオは、文化の季節、音楽が輝くときに、皆さまの音楽活動を力強くサポートします。最寄りの津新町駅からは徒歩約15分、バス停の土手からも徒歩約8分という、ご利用しやすい立地に位置しています。また、敷地内に最大6台までの駐車スペースもあります。

このスタジオの最大の魅力は、何と言ってもその利便性と快適さです。くつろげる机も常備されたスペースは広々としており、ピアノやドラム、バンド練習など多様なスタイルに対応できます。また、個人でもグループでも、区別なくご利用可能なため、お気軽にご予約いただけます。さらに、いくつかの譜面台や多数の椅子、自分の音をより明確に聴くためにヤマハが制作した共鳴版も備えています。


このように、伊東ミュージックスタジオは、音楽と向き合う時間をより良いものにするために、ユニークな発想でスタジオ環境を創っています。


なお、完全防音ではありません。けれども、ここで音楽活動をするという条件で設置したスタジオで、もとより周囲のご理解を得ていますので、遠慮はしていただく必要はございません。備品の許容範囲で、空間を伝わる音をスタジオ内でお楽しみください。

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伊東ミュージックスタジオの系譜

音楽活動を応援するスタジオ

伊東功の遺志を継承する場所

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伊東功(いとうこう)とは

このたび、伊東ミュージックスタジオを開設した私(伊東玲)は、伊東功の息子です。

伊東功が亡くなってから、もう20年余になりました。亡父は、市内の音楽文化の創設や県内の音楽教育の普及発展に尽力した人です。その息子として、私は、これまでもずっと音楽文化や音楽教育の発展のために力を尽くすのが使命だと励んできました。

伊東功は、市内の中学校や高校の吹奏楽部の創設をしました。合唱についても現在の津児童合唱団につながる活動を生み出しました。津市の小中連合音楽会や音楽祭の草創期に大きく関わったことも、私は本人からではなく、当時を知る方々から教えられました。生前の父は、自分のしてきたことを家庭ではほとんど話さなかったのです。

津市だけでなく県内各地に、伊東功が作曲した校歌や学校の歌があります。旧河芸町の町民歌や芸濃音頭といった地域に親しまれた作品があることも、私は父が亡くなってから知りました。他にもいくつもの作曲作品や音楽関係の活動が伊東功にはありますが、また別の機会に触れたいと思います。

とにかく、伊東功が亡くなってから、その圧倒的な活動と業績を知ることとなり、少しでもその遺志を継ぎたいと考えて今日に至ります。スタジオの1階は、音楽サロン風にして、地元の音楽の活性の一端となりたいというのが私の望みです。なかなか準備が思うように進まず、非力と焦りを感じながらもう1年になりました。  

伊東功もずいぶんと昔の人間になりましたし、さすがにエレキギターの入るバンド活動はやっていなかったようです。 それでも、今も歌われている校歌や活動が続いている団体や行事があります。

「いったい、この、伊東ミュージックスタジオは、なんだ」と思っている方のなかにも、津市の連合音楽会で演奏したことがある。あるいは、知らずに身近にあった歌が伊東功の作曲したものである。または、伊東功は多くの幼稚園や保育園の創設に係わって来たので、そこの出身だった。などなど、何かしら気配を感じるようなことがありましたら、伊東ミュージックスタジオの「伊東」には、伊東功の「伊東」も関係していて、それでちょっと風変わりなスタジオになっているのか、とご理解いただければ、幸いです。


伊東朔が自己研鑽した場所

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伊東朔(いとうはじめ)とは

いくつもの地域と関係した作曲作品を遺し、戦後間もない頃に地域のピアノ教室の先生としても活動していた伊東功の能力は、隔世遺伝をしました。私を飛ばして、私の息子、伊東功の孫に受け継がれたのです。

私の息子は、伊東朔、です。以前は三重テレビに毎月出演していました。全国ネットの天才キッズ何とかという番組にも出演しましたし、フランスのエクサンプロヴァンスのストリート音楽祭や来日した外国の演奏家の方々の全国ツアーにも参加しました。 今は、拠点を東京に移して一人で生活し、音楽活動をしながら、隔月で津市内のそこここの公民館関係の講座などで演奏もしています。

彼の作曲作品は私の知る限りでは、ピアノ曲から合唱曲、吹奏楽や弦楽アンサンブルなど、大小で500ぐらいあるでしょうか。即興演奏も得意で、その場で作曲したり編曲したりもしています。

伊東功は孫の伊東朔の顔を見て1歳になる誕生日のほんの少し前に亡くなりました。私は大変あわてました。 それから意図的で計画的に、自分の息子の音楽の早期教育、英才教育を、亡父伊東功ならどうしただろうかと思いながら一生懸命しました。

幸いにも、戦後の日本の音楽教育の実質的な創始者として獅子奮迅の努力をされた真篠将先生に、私は直接に指導をしていただく機会を得ていました。大学院の教授を退官されたあとの真篠先生の東京のご自宅に、まだ幼稚園だった息子と一緒にご挨拶に行ったとき「この子は才能に恵まれている」と認めていただき「早期教育をしなさい」と課題をいただきました。

「えらいこっちゃ」です。自分の息子でありながらも、伊東功の孫であり、真篠将先生から課題をいただいた以上は、息子は息子ではなくなり、できる限りの音楽の能力をつけるようにしなければ、亡父にも恩師にも顔向けができないと思ったのです。 詳しいことはまた別の所で紹介します。

一部だけ言えば、絶対音感と相対音階の両方を身につけるようにし、ソルフェージュの力は幼稚園時代に音大レベルまで伸ばし、作曲することや演奏することの楽しさを本人が実感できる場を作り、やがて10歳になる頃には、東京の作曲専門の先生方に認めていただけるまでになりました。

その伊東朔が、私から離れて自分の道を探ったのが、今の伊東ミュージックスタジオです。伊東朔が東京に出て、しばらくしてからスタジオにするために片づけていたときに、まさにここで伊東朔が自分の音楽を探究しながら過ごしていた片りんをたくさん見つけました。その頃の伊東朔は、ドラムセットやエレキギターの同世代の愛好者と協演もしていました。

ということで、伊東朔が「アトリエ」として使っていた場が、今の伊東ミュージックスタジオになっています。アップライトは伊東朔が幼少期に練習に使っていたものです。「伊東」には伊東朔の「伊東」も入っていて、それで、このスタジオには、若い人たちが各方面に巣立って欲しいという願いもあるのです。

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