このたび、伊東ミュージックスタジオを開設した私(伊東玲)は、伊東功の息子です。
伊東功が亡くなってから、もう20年余になりました。亡父は、市内の音楽文化の創設や県内の音楽教育の普及発展に尽力した人です。その息子として、私は、これまでもずっと音楽文化や音楽教育の発展のために力を尽くすのが使命だと励んできました。
伊東功は、市内の中学校や高校の吹奏楽部の創設をしました。合唱についても現在の津児童合唱団につながる活動を生み出しました。津市の小中連合音楽会や音楽祭の草創期に大きく関わったことも、私は本人からではなく、当時を知る方々から教えられました。生前の父は、自分のしてきたことを家庭ではほとんど話さなかったのです。
津市だけでなく県内各地に、伊東功が作曲した校歌や学校の歌があります。旧河芸町の町民歌や芸濃音頭といった地域に親しまれた作品があることも、私は父が亡くなってから知りました。他にもいくつもの作曲作品や音楽関係の活動が伊東功にはありますが、また別の機会に触れたいと思います。
とにかく、伊東功が亡くなってから、その圧倒的な活動と業績を知ることとなり、少しでもその遺志を継ぎたいと考えて今日に至ります。スタジオの1階は、音楽サロン風にして、地元の音楽の活性の一端となりたいというのが私の望みです。なかなか準備が思うように進まず、非力と焦りを感じながらもう1年になりました。
伊東功もずいぶんと昔の人間になりましたし、さすがにエレキギターの入るバンド活動はやっていなかったようです。 それでも、今も歌われている校歌や活動が続いている団体や行事があります。
「いったい、この、伊東ミュージックスタジオは、なんだ」と思っている方のなかにも、津市の連合音楽会で演奏したことがある。あるいは、知らずに身近にあった歌が伊東功の作曲したものである。または、伊東功は多くの幼稚園や保育園の創設に係わって来たので、そこの出身だった。などなど、何かしら気配を感じるようなことがありましたら、伊東ミュージックスタジオの「伊東」には、伊東功の「伊東」も関係していて、それでちょっと風変わりなスタジオになっているのか、とご理解いただければ、幸いです。
